62度の切れ角
もともと、トライアルという競技は、当時は知られておらず、暇人の珍しい趣味程度であったのだ(お好きな方すみません!)が、ホンダから本格的トライアルマシンが発売されるにあたり、にわかにトライアルという競技が脚光を浴び始めるのである。
このバイアルスは、おそらく国産車で最も売れたトライアル車であろう。最終的にはイーハトーブと名前を変えたり、排気量が200まで上げられたりしたが、超スリムボディは、いつ見ても感動的な美しさであり、かなりの長寿を誇った車種である。
バイアルスの設計に大きな示唆を与えたのが、英国のサミーミラーである。自身も、アリエルやブルタコなどのヨーロッパ車で、全英選手権11年連続制覇、SSDTを5回制覇した経験を持つ凄腕である。このサミーミラーの言葉が、長くMC誌のホンダのコマーシャルに使われており、古い方ならご記憶であろうと思われるので紹介したい。曰く「真のトライアルマシンは優れたロードマシンでもある。」この真意を理解するのに、筆者は随分と時間と経験を要した。
つまり、「トライアルマシンは、極限まで車体をコンパクトに絞りあげ、いかなる場面でもそのポテンシャルを最大に発揮できるように設計してあるので、舗装路面を走るなどは、実に容易なことであり、その性能はオンロード車にも引けを取らないこと請け合いである。」と解釈できる。
また彼はこんな言葉も残している。
「オートバイが人生に全く役に立たないという人がいたら、その人はオートバイを全く知らない人でしょう。私はオートバイから実にいろいろなことを学んだ。」
いい言葉であり、筆者の大好きな言葉である。
トライアルマシンの開発にあたり、開発経験の無いホンダは神様と呼ばれたサミーにアドバイスを乞うたのは正解であろう。サミーのアドバイスが奏功して、バイアルスは後年まで国産のパイオニア的名車と崇められるのである。
初めて乗車すると、車体の極スリム感に驚く。また、全ての機器がコンパクトに造られており、いやが上にも軽量化への意気込みとホンダの良い物を造る執念が至るところに感じられる。ハンドル切れ角も驚異の62度である。左右にフルロックまで切っても全てのワイヤー類には影響が出ないという造りである。キックも鬼の様なギザギザの着いた小さなステップを畳まないと、完全に踏み切れ無い位に内側に追い込んである。トライアル競技中はライディングの邪魔にはならない様にとの配慮であるし、実際にいかなる場面でも、キックアームはライダーの足に全く触れない。クランクケース下の金属製スキッドプレートにも軽量化の穴が無数に空いている。
エンジンは既に評価の高い空冷SOHC単気筒であり、低速側にディチューンして必要十分な8馬力をプライマリーキックで始動し、確保している。ミッションは1,2,3クロスの4,5ワイドとしており、それぞれ、セクションアタック中の微妙なシフトチェンジとセクション移動時の動力性能を確保している。6速ミッションの搭載は後継機種のTLR200の発売まで待たなくてはならない。
このノーマルミッションで本当に3速発進が出来るのには驚いた記憶がある。またスプロケットの豊富なパーツ類に喜んだり、助けられたオーナーも多いはずである。リムはおそらく市販車としてはクラス初であろうが、高価なアルミリムを履き、リヤにはビードストッパーも装置し、ガソリンタンクもアルミ製という本格派である。
全てがコンパクトに軽量に造られている。また、エンジンも簡単にボアアップが出来るのも楽しい話である。CB750の61mmピストンなら145ccに、CB450の70mmピストンなら170ccにまで排気量アップが出来る。
万沢康夫さんやトシ西山さん、成田省三さんの3人が、バイアルスデビューの性能のコマーシャルの為にその年のSSDTに挑戦した時には、145CCで挑戦しており、それほど優秀な成績ではなかったが初出場で無事完走している。
バイアルスの発売でにわかに活気着いた他のメーカーも数々のトライアルマシンを発表した。
なお、SSDTの過去の最高得点優勝者は、さすがに英国らしくハンチング帽子を被りAJSを駆ったゴードンジャクソンの1958年のスコアである「減点1」が最高である。これがいかに凄いスコアかどうなのかは、SSDTは6日間の競技でありその6日間減点の合計値が少ないライダーが優勝となる事を付記しておきたい。
おしまい。
執筆 猫の顔