青春の思い出 ~ダックス~
他にも、モンキーや、バンバン、ジッピイ、チャピイ、ホッパー、ボビーとかが存在するが、存命の長さと車種の多さ、知名度ではダックスが最大であろう。販売台数は知らないが多分最大ではないか?エンジンは当然カブ系のエンジン、熟成されたSOHC空冷単気筒。排気量も、もちろん50、70、90とそろっていた。
またアフターマーケットパーツでは簡単に排気量の増加が出来、豊富な中古部品(解体屋さんへ行けば、エンジン、外装ともに絶対手に入る)の供給とあいまって、入門用の単車としては最適な車種であろう。
筆者は学生時代に、中間排気量に目覚め、どこからかダックスの70のスポーツ(赤面しそうなネーミングであるが、当時の若者は、クラッチ付きの文言にシビレたに違いない。)のオレンジ色を5000円で入手して乗り回していた。フレームの部分の首輪が「DAX」とあるのは比較的新しいモデルである。
旧式のモデルには「HONDA」と記載されている。こちらのほうが迫力あってよかった。タミヤのプラモもこのモデルである。塗装はCB750のキャンディゴールドであろう。またハンドルも、4輪への車載を考慮して折りたためる構造となっているのが興味深い。燃料タンクにも逆流防止のコックがついていた。最初期には、カブトフェンダーやら、ダウンマフラーが存在するが、実車は見たことがない。
オレンジのダックスには数々の思い出がある。
まず、わずか20CCではあるが50とは、明らかに馬力の差があったこと。巨漢の筆者を乗せて坂道でも、ぐいぐい加速する様には、感嘆した。50ではこうは行かないであろう。タイミングさえ合えばウイリーもできたが、フロントのサスが貧弱で、着地には結構度胸が必要であった。さすがはクラッチつきである。フロントにカゴをつけたので、学生さんの通学用には最適である。燃費もいいし。フロント、リヤの双方からの泥はねには閉口したけど。単車屋で、ゴムのマッドガードを付けてもらって解消した。ブレーキング時には、リヤのガードがリヤタイヤに触れて「ゴー」と変な音を出していたがそのうちガードが擦り減って、音がしなくなった。
ドライブチェーンがすぐに伸びたっけなあ。
そのダックスの珍しい仲間達の写真を見つけたので紹介する。
会場は、群馬県でのA間ミーティングである。余談であるが、このころのA間には、まだ、数々の旧車が来ていたので参加しても楽しかった。現在はどんな単車が参加しているのであろうか?
まずは、ホワイトダックス。
ホワイトの車体に、花柄のシートがよい。70年代初頭のサイケなムードがあふれている。よくぞ残っていたものである。ホンダとしては婦女子向けに発売したのかも知れないが、原付2種だったりするので、婦女子への販売には苦労したであろう。
たぶん、「堀ひろこ」女史(←この人を知っている人は、現在いるのであろうか?筆者は、鈴鹿の8耐でお会いしたことがあるけど。大柄な方でした。)のような活動的な女性を目標にしたのではないか?
筆者は花柄のシートに腰をかけるだけで赤面しそうなぐらい恥ずかしい気がする。
つぎは、ダックスの最強力版、マイティダックスST90である。
前後とも14インチのブロックパターンのタイヤで武装している。メーターも独立したメッキタイプの小粋なもので、他の原付2種のロードスポーツモデルと並んでも卑屈になる必要は無い。乗ったことはないが、多分ガンガンと走れるので楽しいだろうなあ。もちろんクラッチ付き。マフラーも立派なプロテクターが付いている。しかもエンブレム付きだぜ。
平成2年ごろに、練馬の、環八内側のガソリンスタンドの脇に捨ててあったのを今更ながら思い出した。もったいなかったなあ。悔やまれる。
やっぱし、ダックスって青春の思い出を語るときには、ちゃんといるね。
執筆 猫の顔
