白煙のサウンド
私はこのカワサキの2ストトリプルシリーズが、KHという名前で発売になったことには、いささか失望した。
やはりカワサキの看板である2ストトリプルには、あの「SS」の名称がよく似合う。
60年代後半から70年代にかけてのカワサキのオートバイには、よく言われるような「脈打つ強烈な個性」があった。 以前から重量級には目黒製作所の血統を持つ「W系」があったが、2ストトリプルで 、「世界最速」を目指した時には、「SS」の称号をつけて発売した。 それは、他のメーカーでは決して真似の出来ない、エンジン設計であり、出力特性であり、車体デザインであった。
燃費とか、車格とか、品性とかは、一切気にしていない無骨なところがたまらない魅力であり、我々が抱いた敬意であった。 事実、この3気筒シリーズに乗っている人については筆者は、「このライダーは多少異端児なんだろうけど、好きなんだろうなあ。」と想像していた。
SSシリーズは、「750」、「500」、「400」、「350」、「250」、「125」、「90」と存在した。小排気量には、一時期「SSS」の名称が付いていたことがある。 どれもが、そのクラスでの「最速」を目標としており、またそれらの目標を達成していた。特に「90」では、いち早く最高出力を「10PS」の大台にのせたのが90SSSである。
SSがKHの型式であり、ZがKZの型式であったことは輸出用の名称でも知られていたが、ある日これが日本国内の販売名称となり発売された。
アルファベットの配列で考えれば「KH」の名称はワイルド感、無骨感を示すのには 十分であるが、発表されたKHシリーズのその動力性能は、むしろ「安全性」、「環境問題」、とかの、およそ、往年のSSシリーズでは考えもしなかったことを追求したので、文字通りキバを抜かれたモデルであった。「乗りにくいなら乗るな!」といわんばかりの迫力、意識はなくなっていた。
街中で、全開の加速をしていく2ストトリプルの排気音は、サウンドとも呼べるが、むしろ 「ぶち壊れそうな音」であった。 この音は、この3気筒の兄弟のどれもが、あるエンジン回転域から発生するのである。
当の乗り手は自己陶酔で酔えたが、はた目には「やたらやかましい音」の オートバイに写ったに違いない。
KH400の楽しめる部分は、やはり、セコ、サードの全開加速であろう。
まだ、このモデルに「懐かしく、おいしいところ」を残しておいてくれたカワサキの技術陣に感謝する。
ライムグリーンのボディを身にまとい、跳ね上がったマフラーから白煙を吐きながらアイドリングしているKH400を見ていると、やはりワクワクしてしまう。
たった38馬力となり、キバを抜かれたモデルと酷評されてはいるが、やはり、ゾクゾクするような緊張感、期待感があふれるのは、3本マフラーのアンバランス感や、尻上がりのテールビューのせいである。これもSS時代には、申し訳程度のリアフェンダーしか付いていなかったのであるから、無骨振りは、推して知るべしである。 なぜか価格はクラスで一番安価であった。出力は最高なのにね。
いささか旧聞ではあるが当時の印象を、思い出して書いてみる。
3気筒なのでキックは軽いが、いまだにプライマリーが採用されないのには、合点がいかない。
始動性はこのKHは良く、キック数発でエンジンは目覚めた。しばらくアイドリングさせながら、車体回りを観察する。
跳ね上がった3本マフラーが美しい。このアンバランス感がイイのである。マフラーからアイドリング時でもすでに白煙は出ているが、これを気にしてはいけないのである。スロットルを少し開けたりして吹け上がりの音を聞いてみるが、意外と、「ウワーン、ウワーン」と適度にうるさいだけでアイドリングしている。
メットをかぶり、跨り、クラッチを握り、ローへ。
走り出してもエンジンは、股の下で、まだゴロゴロ言っているだけである。 高めのギヤでは軽く右手を開けても「ゴワーン、ゴロゴロ」とうめいているだけで、加速は緩慢である。
意を決して全開とする。
ローではウワーンとすぐに吹け上がってしまい、何が何だか解からないままに、すぐにセコへのアップが要求される。
セコに上げて、全開! タコの針が元気良く右側に回っていく。6000rpmを超えた瞬間に、股の下からは「クワオーーーーーン」と例のサウンドが響き渡り、ニーグリップにも 力が入り、車体はみるみる加速する。
キャブの吸気音もなかなかに騒がしい。また全開!
またまた「クオーーーン」の調和されたトリプルサウンドが奏でられ、すぐに130キロに達する。
そのまま、4速、5速と入れて、しばらく80キロあたりで巡航する。
法定速度では、「ギャラギャラ」のエンジン音であり、タダのマルチエンジンの音である。うるさいだけである。
やはり、この車は、加速時の音が最高である。最高に楽しめる!
わざと、速度を50キロぐらいまで減速して、サードで一気に加速してみる。
アクセルを開けてもしばらくは「ゴワーーーーン」と緩慢な加速であるが、
6000rpmを過ぎたあたりから、例の楽しい排気音になり、興奮度が増す。速度はそれほどでもないのだが、充分に乗り手を酔わせてくれる。
発表されたときのマッハ(500SS)の加速には全く及ばないのだろうけれど、この加速感と排気音、緊張感がたまらなくイイのである。
なお、キバを抜かれたとはいえ、400CCの2スト3気筒であるので、調子に乗ったライディングのときの燃費は、見事な大食いであるので、注意が必要である。スタンドでがっかりするか、充分な加速感の余韻にひたりながら満足げに支払うかは、ライダーによるであろう。
いやあ、欲しくなってきた。 カラーリングはやはりライムグリーンがいいなあ。シートの後ろに白く「KH」って入っている奴。
休日の昼下がりで、多摩川の土手で全開走行サウンドを聞いて遊んだら楽しいだろうなあ。首都高湾岸線での全開走行も楽しいだろうなあ。
中央高速下りの談合坂までの登りの全開走行も楽しいだろうなあ。4輪には、たっぷりとオイルの飛沫を差し上げよう。バックミラーに写る自分の煙幕を見るのも楽しいだろうなあ。
現行モデルなんか全然目じゃないね!
こんなことを考え出すと、やはり欲しくなる1台である。