孤高のツアラー、ヤマハGX750
曰く、「安全性」、「経済性」、そして「環境に対する配慮」である。
アメリカで端を発した排ガス規制の波は瞬く間に世界中に飛び火したのであり、特に4輪メーカーは厳しい課題を突き付けられたのである。
73年のMC誌では、百花繚乱の国産重量車が掲載されており、現在でも読み手の目を奪う2輪車たちが登場している。
その翌年の74年には、これといっても目新しい2輪車の発表はなく、前年からのオイルショックの影響をモロに受けて、国産車アルバムでは、カラーリングの変更程度に収まるCB750FOURがトップページを飾っているのみである。新型エンジンの発表はほとんどなく、わずかにホンダCB400FOURの発表程度である。
私はこの時分のホンダは、4輪用の低公害エンジンの開発に押されて画期的なエンジンの開発には手が回らなかったのではないかと推察しているが同様に他のメーカーもオイルショックのせいで新型機種の開発は困難であったのではないかと考えている。
また、重量車に対するユーザーの欲求が細分化し始めてきたのも大きな理由である。
大きなオートバイに大きな荷物を満載しながら日本国中を走っていたライダーも居ないわけではないが、ツーリング専用に開発されたマシンではなく、仕方なくキャリアに荷物満載スタイルで走っていたのである。パニアケースなどという高級品の出る20年前の話である。
北米では高速で大陸を走るスタイルであったので、CB750やカワサキ900Z1などはそのハイパワーで重宝されたのであろうが、数千キロに及ぶ長距離を制覇するには、それなりの部品や装備が必要であったはずである。言い換えれば最高出力よりも連続したライディングでの快適性も重要視され始めてきたのであり、そういうユーザーの声を拾い、ホンダは水平対向水冷4気筒のGL1000を発表するのである。
これは特に北米ではよく売れたモデルであり、その後40年以降も排気量を1800まで拡張しながら世界中で発売されて支持されているのであるから成功したモデルといってよいであろうが、国内では750の自主規制もあり、ごく少数の恵まれたライダーのみが所有できるモデルであった。
76年にヤマハからTX750の後継機種として、また同社の旗艦としてGX750が発売された。このモデルは使用用途を「ロングツーリング」とかなり焦点を絞ったと思われるモデルで、その開発思想が素人でも垣間見ることのできる好機種である。
エンジンは並列3気筒空冷4サイクルDOHCである。ここで、ヤマハが3気筒を選択した理由が実に鋭いと私は感じるのである。4気筒よりコンパクトに、2気筒より滑らかにという発想のもとに、この3気筒エンジンは開発されたのであろう。実のところは自身の2気筒に懲りたのかもしれないが、3気筒は正解であろう。出力は充分な60PSを持ち、軽量化と整備性を確保した1本の集合マフラー、しかもシャフトドライブである。ツーリングには必要十分ではないか。
シャフトドライブの最大の利点は長距離におけるメンテナンスフリーである。またギヤオイルのメンテさえ守れば半永久的な寿命を持っていることにある。反対に欠点はバネ下荷重の過大と、最終減速比の交換ができない事であるが、ツーリング主体であれば問題なかろう。
このGX750のカタログを見ると、ロングツーリングを主眼に置いていることが良くわかる。
オプションでは国産初のハロゲンランプを装着していることもツーリング時の快適性を追及している。改良型のキャストホイールを装着した2型では、出力の向上(60PS→67PS)、チューブレスタイヤを履き、これまた嬉しい装備となるのである。デザインはもちろん綺麗なカラーリングを纏い、欲しくなるような仕上がりである。
また純正オプション品でハンドルの形状を、アップ、セミアップ、コンチと3種類選べたというから、やはりロングツーリングに焦点を合わせて開発されたといっても過言ではないだろう。
その翌年の79年にはホンダからCB750Fが発売され、第二次バイクブームが一層過熱するのである。なお、この過熱したバイクブームの有様は、拙あぶら点検窓の「400マルチにおける仁義なき戦い」で引き続きお楽しみ下さい。
ヤマハは各2輪雑誌の企画する「筑波サーキットタイムトライアル」とかには、シャフトのGX750で登場するのであるが、当然苦戦を強いられるのであり、翌年の自身のXJ750Eでようやくスプリントも楽しめるナナハンを出して溜飲を下げるのである。おそらく開発は既に終了していたのであろう。CB750Fの翌年にXJ750Eの発売開始である。
GX750は、しばらくは新型のXJと併売されていたのであるから、やはりツーリングモデルとしての完成度は決して低くなかったのである。言い換えれば、排気量を850へ、さらに1気筒追加して1100までエンジンを拡大してロングツーリングの王者としての貫録を見せつけられたのは、多くのツーリングライダーの支持があってこそである。
確かに大排気量によるロングツーリングは堪えられない快感があるであろう。しかしカワサキのZ1300でのツーリングは、停車時にかなりの体力を不意に要求され、かつ消耗するはずである。
必要十分な750の排気量と60PSの出力を持ち、徹底的にロングツーリングを安全に快適に遂行するという明確な設計指針を持つヤマハGX750は、本当にツーリングに必要な装備を持った国産ツーリングモデルの当時の最高峰といってもよい。
いつか、北海道の原野で、静かに追い抜いて走り去る君のGX750の後ろ姿に、ピース!
